東京高等裁判所 平成9年(行ケ)280号 判決 1999年11月17日
原告
ウイレット ホールデイングス ベスローテン フェンノート シャップ
代表者
【A】
訴訟代理人弁護士
加藤義明
同
清水三郎
被告
特許庁長官 【B】
指定代理人
【C】
同
【D】
同
【E】
同
【F】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成5年審判第20432号事件について、平成9年7月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
訴外ウイレット・インターナショナル・リミテッド(以下「訴外会社」という。)は、1984年5月10日及び同年10月31日に英国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和60年5月10日、名称を「基質への組成物の適用方法及びこれに使用するための組成物」とする発明(後に「溶融熱可塑性組成物及び該組成物の基質への適用方法」と補正、以下「本願特許発明」という。)につき、特許出願(特願昭60-99430号)をしたが、平成5年7月9日に拒絶査定を受けたので、同年11月1日、これに対する不服の審判の請求をした。その後、原告は、訴外会社から、本願特許発明につき特許を受ける権利を譲り受け、平成8年3月29日、その旨を特許庁長官に届け出た。
特許庁は、上記審判請求を、平成5年審判第20432号事件として審理した上、平成9年7月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月23日、原告に送達された。
2 本願特許発明の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
可融性キャリア媒体中に少なくとも一つの油混和性又は油溶性像形成成分を含有し、100℃から160℃までの適用温度で熱安定性であり、実質的に固体粒子を含有せず、適用温度で120cp以下の粘性を有しかつ60℃以上の軟化点を有する、非接触インキジェット印刷装置のノズルによって一連の不連続小滴として基質上に適用するのに適した溶融熱可塑性組成物であって、可融性キャリア媒体が微結晶性ろう、炭化水素樹脂及びこれらの混合物から選択された少なくとも一つの成分を含む溶融熱可塑組成物。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭56-113472号公報(審決甲第1号証、本訴甲第2号証、以下「引用例1」という。)及び米国特許第4,443,820号明細書(審決甲第4号証、本訴甲第3号証、以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」及び「引用例発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1及び2の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点1~3の認定、相違点3に関する判断は、いずれも認める。
審決は、本願発明と引用例発明との相違点1、2の判断において、本願発明が引用例発明1に対して臨界的意義を有することを看過し(取消事由1)、また、本願発明の有する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本願発明の臨界的意義の看過(取消事由1)
1 引用例1(甲第2号証)には、熱融解性インクの融点
として、「ほぼ40℃~170℃」(同号証3頁右上欄2~3行)、「記録画像の安定度を考慮するならば略々50℃~100℃」(同頁右上欄9~11行)、「約80℃(注、実施例の融点)」(同頁右下欄1行)の記載があるところ、通常、軟化点は融点より約10℃程度低いとされているから、引用例発明1には、融点50℃~100℃に対して軟化点として40℃~90℃が開示されていることになる。また、適用温度に関しては、引用例1に明記されていないが、一般に、適用温度はインキの融点より2℃~5℃高く設定されるので、上記融点を前提とし広めに解釈すると、引用例発明1には、融点40℃~170℃に対して適用温度42℃~175℃、融点50℃~100℃に対して適用温度52℃~105℃が開示されていることになる。
これに対し、本願発明の溶融熱可塑性組成物では、軟化点を60℃以上、適用温度を100℃から160℃と規定したものであり、軟化点及び適用温度の形式的な数値は、引用例発明1に開示された上記範囲に含まれることになるが、本願発明では、このように高い軟化点と高い適用温度を組み合わせたことにより、臨界的な意義を有する顕著な効果を奏するものである。
すなわち、本願発明では、適用温度を100℃以上に設定した結果、インキ小滴と基質との間に大きい温度差が生じ、この温度差のため、インキ小滴が基質に衝突する際に急速に冷却・固化され、インキ小滴が溶融又は軟化状態にとどまる時間が短縮され、印刷された基質を印刷作業後速やかに取り扱うことができるとともに、インキ小滴が急速に凝固するので、鮮明なドットが形成されるのである。
また、適用温度が100℃以上の高温であるため、インキ小滴が熱可塑性樹脂(例えばポリエチレン又はPVC)の基質に融着(部分的な融合)できるので、インキ小滴が基質から滴り落ちることもない。
さらに、軟化点を60℃以上に規定した結果、同じ適用温度のもとでも、インキ小滴が基質に衝突する際、急速に凝固するので、非多孔質基質のみならず、多孔質基質(吸収性基質)上でも、小滴の染み込みや拡散を伴わず、その結果、鮮明な像が形成される。また、印刷機の環境温度が45℃~50℃といった高温に達しても、印字されたドットは固化した状態にとどまり、基質上のインキ画像が汚れたり、あるいは、基質を積み重ねても他の基質に転写されたりすることもない。
なお、適用温度を高く設定すると、溶融熱可塑性組成物の熱分解の問題が生じるし、単に適用温度を高温に設定するのみでは、インキ小滴が基質面上に溶融したままにとどまり、基質へのインキ小滴の固着度が低減してしまうところ、軟化点の高い溶融熱可塑性組成物を使用することによって、これらの問題が解決され、インキ小滴が確実、かつ、急速に冷却・凝固し、溶融又は軟化状態にとどまる時間や、印刷作業後印刷物を取り扱うまでの待機時間が短縮され、鮮明度も改善され、重畳的効果がもたらされるのである。
2 このような本願発明の「適用温度を100℃から160℃に設定し、かつ軟化点を60℃以上と規定した」点に基づく効果とその「臨界的意義」は、基質上におけるインキ小滴のシャープ度、基質上のドットの他の基質への転写度、基質上のドットの固着度に関して、原告が実施した実験の「実験報告書」(甲第9号証、以下「本件報告書」という。)からも確認できるものである。
したがって、審決が、相違点1の判断において、「引用発明1のインクの軟化点と、本願発明のインクの軟化点との間にさしたる差異があるとは認められない。」(審決書8頁6~8行)と判断したこと、相違点2の判断において、「本願発明において、適用温度の上限を160℃と規定した根拠は、本願明細書に何も記載されておらず、この点に、臨界的な意義は認められないし、・・・適用温度の上限を160℃に規定することは、当業者が装置に与える影響等を考慮して、適宜採択し得る程度のことと認められる。」(審決書9頁11行~10頁2行)と判断したことは、いずれも誤りである。
2 顕著な作用効果の看過(取消事由2)
以上のとおり、本願発明は、相違点1及び2の構成、すなわち、軟化点を60℃以上と規定し、かつ適用温度を100℃から160℃と規定することにより、引用例発明1とは異質の、臨界的意義のある顕著な効果を奏するものである。
したがって、審決が、「本願発明の効果も引用発明1及び引用例2記載の発明から予測される程度のものにすぎない。」(審決書11頁1~2行)と判断したことは誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
1 引用例発明1の適用温度は、相違点2について判断した(審決書8頁9行~9頁10行)ように、少なくとも適用温度100℃において一致し、しかも、引用例発明1はそれより高い適用温度を排除するものではなく、まして適用温度を100℃未満に設定することを推奨するものでもないから、本願発明の効果と同等の効果を奏することは明らかである。
原告が主張する本願発明の効果は、以下に述べるとおり、引用例1に記載され、あるいは、これに記載の構成により、当然生じる効果といえる。
すなわち、引用例1には「熱融解性インク3は、その融点がほぼ40~170℃の範囲にあるものが望ましい。この温度範囲は、室温で該インクが液化せずかつ記録画像を取扱う時に体温で手などを汚さない程度の低温から、インクジェット記録装置内で該インクを加熱融解させる時に装置内の部品を熱で損傷しない程度の高温までの範囲に相当するものである。加熱のための消費電力は極力少ない方が望ましく、また、記録画像の安定度を考慮するならば略々50~100℃の融点を持つ熱融解性インクが、より望ましい。」(甲第2号証3頁右上欄2~11行)と記載されており、この記載によれば、熱融解性インクの融点との関係で「室温でインクが液化せずかつ記録画像を取扱う時に体温で手などを汚さない」及び「記録画像の安定」という効果を、引用例発明1は有しているが、これら効果は、本願明細書に記載(甲第7号証2頁17~21行)された軟化点の低いインキの欠点を改良するという本願発明の効果と格別異なるものではない。
2 原告は、本願発明が、適用温度を100℃から160℃に設定し、かつ、軟化点を60℃以上と規定したことに、いわゆる「臨界的意義」があると主張し、本件報告書を提出する。しかし、本件報告書の信用性自体疑問であるところ、仮に、その実験データが正しいとしても、その内容は本願発明の温度範囲が「臨界的意義」を有することを証明するものとはいえない。
すなわち、本件報告書の第1表は、インキの軟化点が低いもの(56.3℃)で適用温度を135℃(原告は115℃の誤記と主張している。)としたものより、軟化点が高いもの(82℃)で適用温度を155℃としたものの方が、印刷されたドットのシャープ度が高いことを示しているにすぎず、このような効果は、当業者であれば、当然予測し得る程度のものである。
同じく、第2表は、インキの軟化点が低いもの(56.3℃)より高いもの(82℃)の方が、印刷された画像の転写率が改善されていることを示しているが、このような効果は、当業者であれば、当然予測し得る程度のものである。また、軟化点が82℃のインキにおいては、ポリエチレン及び紙の基質に対して、適用温度が100℃以上である場合と、100℃未満の場合の間に転写率の相違は全く認められず、しかも、適用温度の上限値160℃に関するデータは何も示されていない。したがって、このデータも、本願発明が適用温度を100℃~160℃と限定した臨界的意義を表すものとはいえない。
さらに、第3表は、インキの軟化点が低いもの(56.3℃)より高いもの(82℃)の方が、アセテート基質へのドットの固着度が良いことを示しているが、ポリエチレン基質に対しては、顕著な差異は認められない。しかも、軟化点が82℃のインキにおいては、適用温度が、他のデータでは5℃ごとに記載されているにもかかわらず、ポリエチレンに対しては、95℃のデータが脱落している(原告は85℃のデータが95℃の誤記と主張している。)。また、適用温度の上限値160℃に関するデータは何も示されていない。
したがって、第1~第3表のデータは、いずれも、本願発明が適用温度を100℃~160℃に設定し、かつ、軟化点を60℃以上と規定したことの臨界的意義を表すものとはいい難い。
2 取消事由2について
以上のとおり、本願発明の効果は、引用例1に記載され、あるいは、これに記載の構成により、当然生じる効果であって、原告の主張するような格別顕著な効果とも、異質の効果ともいえないから、この点に関する審決の判断(審決書11頁1~2行)に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明の臨界的意義の看過)について
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1及び2の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点の認定、両発明の相違点3の認定及びこれに関する判断、相違点1が、「本願発明では、軟化点を60℃以上と規定しているのに対し、引用発明1では、融点をほぼ40~170℃としている点」(審決書7頁6~8行)であること、相違点2が、引用例発明1では適用温度が開示されていないのに対し、「本願発明では、適用温度を100℃から160℃と規定している点」(同頁9~10行)であることは、いずれも当事者間に争いがなく、したがって、本願発明と引用例発明1とは、上記相違点1及び2の構成を除いて実質的に差異がないこととなる。
また、引用例発明1において、その軟化点が40℃~90℃のもの及び適用温度が42℃~175℃のものが実質的に開示されていることも、当事者間に争いがない。
そうすると、本願発明の前記1及び2に係る構成、すなわち、軟化点を60℃以上とし、適用温度を100℃から160℃と規定することは、引用例発明1において開示されたと認められる軟化点及び適用温度の数値の範囲内に含まれるものであることが明らかである。
1 この点について原告は、本願発明の軟化点及び適用温度が、形式的な数値上は引用例発明1の範囲に含まれることを認めながら、本願発明では、このように高い軟化点と高い適用温度を組み合わせたことにより、いわゆる臨界的意義のある顕著な効果を奏すると主張する。
しかし、本願明細書においては、本願発明の実施例である、軟化点を85℃、融点を90℃、適用温度を140℃±5℃とした組成物と、軟化点を50℃、適用温度を80℃とした組成物との対比が開示されている(甲第4号証20頁11行~21頁20行)のみであり、軟化点を60℃以上としたこと、あるいは、適用温度を100℃から160℃としたことにより、それ以外の温度との間で当該作用効果上の顕著な差異が生じることを明らかにした、客観的な実験報告やそれに基づく技術的考察等は記載されていない。
また、原告は、より具体的に、<1>本願発明で適用温度を100℃以上に設定した結果、インキ小滴と基質との間に大きい温度差が生じ、この温度差のため、インキ小滴が溶融又は軟化状態にとどまる時間が短縮され、印刷された基質を印刷作業後に速やかに取り扱うことができるとともに、インキ小滴が急速に凝固するので、鮮明なドットが形成される、<2>適用温度を100℃以上に設定したことにより、インキ小滴が熱可塑性樹脂の基質に融着できるので、インキ小滴が基質から滴り落ちることもない、<3>軟化点を60℃以上に規定した結果、インキ小滴が基質に衝突する際、急速に凝固するので、多孔質基質(吸収性基質)上でも、小滴の染み込みや拡散を伴わず、鮮明な像が形成されるとともに、印刷機の環境温度が高温に達しても、印字されたドットが固化した状態にとどまり、基質上のインキ画像が汚れたり、あるいは、基質を積み重ねても他の基質に転写されたりすることもないと主張する。
しかし、上記<1>及び<2>の効果は、適用温度をある程度高温に設定し、インキ小滴と基質との間に温度差を設けたり、熱可塑性樹脂の基質に融着できる程度とすれば、当然に生じる効果であり、適用温度を100℃以上に設定したことにより特段の顕著な効果が生じる根拠は明らかにされていない。また、上記<3>の効果についても、同様に、軟化点をある程度高めに設定すれば、急速に凝固して達成されるものであり、また、印刷機の環境温度よりも高温とすれば当然に生じる効果であるから、軟化点を60℃以上に設定したことにより顕著な効果が生じる根拠は開示されていない。
そもそも、引用例1には、「熱融解性インク3は、その融点がほぼ40~170℃の範囲にあるものが望ましい。この温度範囲は、室温で該インクが液化せずかつ記録画像を取扱う時に体温で手などを汚さない程度の低温から、インクジェット記録装置内で該インクを加熱融解させる時に装置内の部品を熱で損傷しない程度の高温までの範囲に相当するものである。加熱のための消費電力は極力少い方が望ましく、また、記録画像の安定度を考慮するならば略々50~100℃の融点を持つ熱融解性インクが、より望ましい。熱融解性インクの基本成分は、着色剤と熱融解性媒体とであって、場合によっては融点を調節するための添加剤、熱伝達効率を上げあるいは被記録上に付着したインク小滴を冷却し易くするために金属等の粉末、画像を鮮明にするための添加剤等々が加えられても良い。」(甲第2号証3頁右上欄2~17行)と記載されており、この記載によれば、熱融解性インクにおいて、インクの融点を室温及び体温よりも高温とすることで、汚れが防止できることが開示され、また、「記録画像の安定」という効果が目的とされ、付着したインク小滴の冷却を容易とし画像を鮮明にするために添加剤等を使用すること等も示唆されているのであるから、この点において本願発明の目的とする効果と格別異なるものでないことが明らかである。
したがって、原告の上記主張はいずれも理由がなく、これを採用する余地はない。
なお、原告は、適用温度を高く設定すると、溶融熱可塑性組成物の熱分解の問題が生じるところ、軟化点の高い溶融熱可塑性組成物を使用することによって、この問題が解決されると主張するが、本願発明のように軟化点を60℃以上とすることにより、この問題が解決されることに関しては、その技術的根拠や実験資料が全く示されておらず、その主張自体失当というほかない。
2 原告は、本願発明が上記の臨界的意義のある顕著な効果を有する根拠として、基質上におけるインキ小滴のシャープ度、基質上のドットの他の基質への転写度、基質上のドットの固着度に関して実験を実施し、その実験結果に基づき本件報告書(甲第9号証)を提出した。
しかし、本件報告書には、使用された溶融熱可塑性組成物(インキ)について、製造業者から提示されたもの、あるいは市販されているものと記載されているだけで、その成分組成や商品名等、その内容を特定するに足る事項が記載されておらず、追試も不可能であって、客観性に欠けるものといわざるを得ない。
また、シャープ度等を評価する被験物の作成方法について、「市販のホットインキジェット印刷機によってドット画像を形成し、作成する方法」(甲第9号証訳文1頁9~17行参照)と「インキを加熱後、ノズル口を有するピペットに抜き取り、溶融インクを40℃に維持された基質に沈積させ、約1mm径のドットを形成し、作成する方法」(同3頁25行~4頁9行参照)の2通りが記載されているところ、前者方法では、製造業者により選択された固定作業温度、すなわち、適用温度以外の温度では作成できない旨の記載があり(同3頁13~22行参照)、本件実験で使用された市販のホットインキジェット印刷機の設定された適用温度は、150℃及び135℃とされている。しかし、前者方法で被験物を作成して評価していると認められる第2表(同8頁15行参照)には、前者方法では作成できないはずの適用温度で作成した被験物の評価が記載されており、その一方で、本件報告書作成者【G】に係る宣誓供述書(甲第10号証)では、第2表での被験物は、前者方法ではなく後者方法で作成されていると記載される(同号証訳文2頁末行~3頁10行参照)など、相互に矛盾した記載が認められ、客観的な信頼性に欠けるものである。
さらに、本件報告書の提出後に提出された上記宣誓供述書では、当該実験の計測内容に係る重要な複数の事項につき、安易に訂正の主張をしており、この点からも信頼性が乏しいものといわざるを得ない。
以上のとおり、本件報告書は、上記宣誓供述書及びその他の証拠資料(甲第11~第26号証)を含めて検討しても、一般的な信頼性に欠けるものであるが、その内容においても、以下のとおり、「軟化点を60℃以上と規定し、かつ適用温度を100℃から160℃と規定する」点に臨界的意義のあることを明らかにしたものとは認められない。
まず、軟化点については、「56.3℃のもの」と、「82℃のもの」とのわずか2例のみの実験であり、56.3℃と82℃との間の温度に関する実験がないから、これらの実験に基づいて、「軟化点を60℃以上と規定する」点の臨界的意義を裏付けることはできない。また、適用温度についても、100℃前後については複数の実験が行われているものの、高温域については、155℃の実験が1例あるのみで、その他に160℃前後の実験が全く行われておらず、この実験に基づいて、「適用温度を160℃以下と規定する」点の臨界的意義が明らかにされたとは到底認められない。したがって、本件報告書に基づいて、「軟化点を60℃以上と規定する」点と、「適用温度を100℃から160℃と規定する」点とを組み合わせたことによる臨界的意義を裏付けることも困難であるといえる。
したがって、審決が、相違点1の判断において、「引用発明1のインクの軟化点と、本願発明のインクの軟化点との間にさしたる差異があるとは認められない。」(審決書8頁6~8行)と判断したこと、相違点2の判断において、「引用発明1の上記実施例のインクは約100℃に加熱され、溶解されているのであるから、『適用温度』は、約100℃と解される。そして、引用発明1の熱融解性インクの融点は40℃~170℃と規定されており、該実施例より融点の高いインキを選択すれば、適用温度もそれに応じて高くなることは明らかである。又、本願発明において、適用温度の上限を160℃と規定した根拠は、本願明細書に何も記載されておらず、この点に、臨界的な意義は認められないし、・・・適用温度の上限を160℃に規定することは、当業者が装置に与える影響等を考慮して、適宜採択し得る程度のことと認められる。」(審決書9頁4行~10頁2行)と判断したことに誤りはない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
以上のとおり、本願発明が、前記相違点1及び2に係る構成、すなわち、軟化点を60℃以上とし、適用温度を100℃から160℃としたことにより、顕著な効果を奏するとは認められず、原告がこれらの構成に基づいて生じると主張する効果は、引用例発明1から予測できる範囲内のものと認められるから、審決が、「本願発明の効果も引用発明1及び引用例2記載の発明から予測される程度のものにすぎない。」(審決書11頁1~2行)と判断したことに誤りはない。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)